Donald Hoffman の唱える壮大な仮説は破綻している (途中:その1)

はじめに


・直前の幾つかの記事で Donald Hoffman の講演を取り上げた。

・Donald Hoffman の壮大な仮説が最も大胆かつ明確に語られているのが下の講演。

・彼の壮大な仮説の核心部分を講演から紹介した上で、それが破綻していることを説明する。

抜粋(デタラメ)







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・26:40 から。壮大な仮説を述べている。彼の仮説から量子力学など全てが導き出せるだろうと。

・31:30 …ということから、心身問題が解決された。

講演動画(35:20)


・Donald Hoffman: Consciousness and The Interface Theory of Perception


Donald Hoffman の仮説が破綻している理由








(2017-10-28)

Scott Adams:催眠術を習った人と、そうでない人とでは人間に対する見方が真逆 (途中:その1)

はじめに


・Scott Adams は彼の人間観のベースとなっているのは若い頃に習った催眠術だという。

・催眠術を習ったことで…

抜粋(デタラメ)


・8:22 から。動画の再生開始時刻を設定済み。






対談動画(3:10:02)


・Joe Rogan Experience #874 - Scott Adams


(2017-09-26)

「人間は言語を使わなければ思考できない」という俗説をシンプルに反証する (途中:その2)

Update


・(2017-08-06 追加)

はじめに


・過去記事で

  思考するには言語が必須か? → No (+追加2) (2017-07-17)

 という記事をダラダラと散漫に記述したが、もっとシンプルかつラディカルな反証を思いついたので記録しておく。

・たぶん、この反証は

  ・(a) 言語関連の専門家には既に常識となっている、 or
  ・(b) 素人にありがちな根本的な誤りが含まれている、

 のどちらかだろうとは思うが、なにせド素人なので判断できない。

・上の (a) だとすると Wittgenstein あたりがとうの昔に片付けているような気がする。

・反証のキモの部分を先に述べておく。議論の細部を大幅に省略し、微妙な部分(特に No の部分)もバッサリとカットして単純化している分、分かりやすいはず。

反証の核心部分


・「言語を使う(=デタラメではなく、文法に合致した言語を組み立てる)事それ自体」も思考作業なのだろうか? この疑問に対する Yes/No の二通りの答えを検討する。

・Yes → 「言語(1)を文法に合致した形で組み立てる」という思考作業自体も言語(2)を用いている筈。その言語(2) も同様にして言語(3)を用いる筈。同様に…。無限後退が発生。矛盾で破綻。

・No → 「言語を使う事それ自体」は思考ではない…という主張となる。これは明確な自己矛盾。

・このように Yes, No のどちらの場合も矛盾を招く。よってタイトルの俗説は反証された。

想定される反論:言語即思考説


・上の Yes の場合に無限後退の矛盾は生じない…という反論が想定できる。その反論は次のような形をとるだろう。


・「言語を使う(=デタラメではなく、文法に合致した言語を組み立てる)事それ自体」がそのまま思考内容そのものだ。つまり、

  ・(x) 思考内容と
  ・(y) それを言語で表現したもの

 という2つの異なったもの(x, y)があると見なすのは誤り。この2つは同一であり差異がない。

・したがって Yes の場合に無限後退の矛盾は生じない。


・このような反論を「言語即思考説」と呼ぶことにする。







履歴


(2017-07-26) 作成
(2017-08-06) 追加

「人間は言語を使わなければ思考できない」という俗説をシンプルに反証する (途中:その1)

はじめに


・過去記事で

  思考するには言語が必須か? → No (+追加2) (2017-07-17)

 という記事をダラダラと散漫に記述したが、もっとシンプルかつラディカルな反証を思いついたので記録しておく。

・たぶん、この反証は

  ・(a) 言語関連の専門家には既に常識となっている、 or
  ・(b) 素人にありがちな根本的な誤りが含まれている、

 のどちらかだろうとは思うが、なにせド素人なので判断できない。

・上の (a) だとすると Wittgenstein あたりがとうの昔に片付けているような気がする。

・反証のキモの部分を先に述べておく。議論の細部を大幅に省略し、微妙な部分(特に No の部分)もバッサリとカットして単純化している分、分かりやすいはず。

反証の核心部分


・「言語を使う(=デタラメではなく、文法に合致した言語を組み立てる)事それ自体」も思考作業なのだろうか? この疑問に対する Yes/No の二通りの答えを検討する。

・Yes → 「言語(1)を文法に合致した形で組み立てる」という思考作業自体も言語(2)を用いている筈。その言語(2) も同様にして言語(3)を用いる筈。同様に…。無限後退が発生。矛盾で破綻。

・No → 「言語を使う事それ自体」は思考ではない…という主張となる。これは明確な自己矛盾。

・このように Yes, No のどちらの場合も矛盾を招く。よってタイトルの俗説は反証された。

反証を対話形式で表現すると…







(2017-07-26)

Scott Adams:「オッカムの剃刀」は真偽の判定には役立たない。だが、説得には有用だ。

抜粋


・単純な説明だと見なすのは錯覚の可能性が高い。

・10:55 戦略的な曖昧性(strategic ambiguity)。Drain swamp がその例。

・20:00 Sam Harris との議論について。(この議論については別記事で紹介する)

動画


・Scott Adams talking about the persuasiveness of Occam's razor


(2017-07-24)
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