思考するには言語が必須か? → No (+追加2)

Updte


・(2017.07.17)関連する過去記事をマージ。

・(2014.10.07)例証のための具体例を追加。

はじめに


・「人間は言語を使わなければ思考できない」という俗説がある。この俗説には分析哲学を鵜呑みにしたインテリの間にとりわけ信奉者が多い。

・この俗説を専門家(言語学者かつ心理学者)が明解に否定した動画を紹介。

・8:00 あたり。人間の思考は必ずしも言語に依存しないと。

動画(50分)


・Steven Pinker: Linguistics as a Window to Understanding the Brain


コメント


・たぶん、俗説の信奉者はこの動画の主張を見ても「イメージ操作や低レベルの思考は言語を用いずとも可能だろうが、高度な思考は言語なしにはなしえない」などと反論するに違いない。

・だが、その反論は誤解だろう。逆に言語にベッタリ依存した思考では高度なレベルには達しえない。

・思考の成果を「抽象的な表現形式」として実体化させることで他者へ伝達したり、客観的な記録の手段として言語は役立つが、その「抽象的な表現形式」は思考そのものではないし、まして「抽象的な表現形式」が思考を生むわけでもない。つまり、言語は思考の成果物の流通業者であって、生産業者ではない。

・たしかに「抽象的な表現形式」を弄くり回すだけで答えが出る問題はある。中高生の数学の問題のように数式を変形させるだけで済むようなレベルならば。しかし、普通の数学問題は数式の変形だけでは解けない。

・ちょっとズルいが分り易い比喩で言えば…。 Rachmaninov の名曲、ピアノ協奏曲第二番は楽譜で表現できる。ピアノ協奏曲第二番が思考の成果、楽譜が言語に相当する。楽譜(という表現手段)がなければ名曲の作曲は不可能だろうか? 楽譜が名曲を生み出すのだろうか?

・とはいえ…。私の上述の主張は典型的な直感ポンプなのでは…という疑念があるw

(2014.10.04)



(以下、2014.10.07 追加分)

・ついでなので「言語を用いずとも高度な思考が可能だ」という主張の裏付けとなりそうなデータを幾つか考えてみたので記録しておく。

・まずは分り易い実感できる具体例から。

  ・たとえば誰かと会話をしていたとする。会話の相手が切れる人物なら、複雑な話題でもスパッと簡潔に表現して、聞き手は感心する事がある筈。雑誌などのコラムでも書き手が優れていれば、思わず膝を叩いて、「上手いこと言うなぁ。私もずーと、そう感じていたんだ。喉まで出かかっていたけれど、上手い表現が見つからなかったんだよ」と同意することがある筈。

  ・さて…。この「気の利いた表現の言葉」を見聞きする前と後で、聞き手の中で本質的な変化があっただろうか?

  ・たぶん No の筈。言語化された上手い表現は「キャッチフレーズ」の役割を果たしてはいる。だが、聞き手の中に言語化こそされていなかっただろうが、「高度な思考」が既になされていたからこそ、聞いた瞬間に「上手いこと言うなぁ」と頷くことができる。


・日常における高度な思考の大半は言語を用いていない。たとえば、初対面の相手の人柄をごく短時間の会話の間に総合的に読み取るという高度な思考を、誰もが毎日駆使している。合コンやお見合いでも同じこと。

  ・なぜこの時、言語を用いていないと言えるのか? なぜなら、もしも心の中で言語を用いて思考しているのならば、人柄の判断基準(なり判断フローチャートなり…w)を具体的に言葉で「十分に詳しく」に表現できる筈。だが、そんなものはありはしない。

  ・つまり大半の日常的な高度な思考は言語化できない。それが可能ならとっくに人工知能が実現されている…w

・次に言語を用いた思考では、言語の特徴である極めて低い処理速度が重大な制約となり、高度な思考(飛行)に必須となる離陸速度には達しない。モールス信号の通信速度では Youtube の動画を視聴できないようなもの。

……途中……
……途中……
……途中……
……途中……

・そして決定的なのが…。言語化不可能な思考、言語化が著しく困難な思考、言語化される前段階の思考といったものが存在し、それが(少なくともある種の)高度な思考の特徴となっている。

……途中……
……途中……
……途中……
……途中……


・こうやって自分の思考内容を言語化した文章を見返すと「なんとまぁ、当たり前の話ばかりをクダクダと…」という気分に襲われるw

(2014.10.07)




(以下、2017.07.17 マージ部分)

はじめに


・この話題は下の過去記事と関連が深いので主要部分をマージしておく。


Demis Hassabis:我々が開発した深層学習 AI(AlphaGo)は直観と創造性を備えている



はじめに


・Demis Hassabis は AlphaGo を開発した DeepMind 社の CEO で、彼の講演は過去記事で何度か取り上げてきた。

・その彼が講演の中でタイトルの主張をしているので紹介する。AlphaGo の創造性については対戦相手だった囲碁の世界チャンピオンも認めていたのでだれも異論を挟めない筈。

・直観については…。まず、直観をどのように定義すべきかか…というレベルから問題になり、ヘタすると哲学的な泥沼に足を捕られるが Demis Hassabis は操作的定義を採用することで無難にこなしている。

・いわく、直観とは経験によって生み出されるものだが、自覚的に(consciously)表現することができないものだ、と。

該当箇所


・16:00 (動画の再生開始時刻を設定済み)

講演動画(26:27)


・DeepMind CEO, "Artificial Intelligence (AI) invents new knowledge and teaches human new theories"


コメント


・確かに深層学習によって鍛えられたニューラル・ネットワークはそのネットワーク全体が機能かつ表現となっているので、その機能を手続き的、記述的に表現するのは無理。

・そして直観に関する Demis Hassabis の定義はそのまま「人間の意識」にも当てはまる。

(2017-06-30)




(以下、2017.07.17 追加分)

・蛇足になるが…。Demis Hassabis が述べた

直観とは経験によって生み出されるものだが、自覚的に(consciously)表現することができないもの

 という定義はそのまま

人間は言語を使わなければ思考できない

 に対する論駁となっている。

(2017-07-17)

履歴


(2014.10.04) 作成
(2014.10.07) 追加
(2017-07-17) マージ+蛇足追加
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