Noam Chomsky:「AI は思考できるか?」という質問は無意味だ

はじめに


・Noam Chomsky の AI(人工知能), 特に Singularity に関する主張については下の過去記事で紹介した。

  Noam Chomsky : Ray Kurzweil の主張する Singularity は「科学的な空想物語」だ (2016-01-01)

・その Noam Chomsky が、いかにも言語の専門家らしい(タイトルの趣旨の)主張をしているので紹介する。

・"Noam Chomsky - Artificial intelligence." という動画のタイトルに釣られて視たが、AI の話題はほとんど登場しない。そのかわり Noam Chomsky の言語に関する様々な洞察が聴ける(実際、そちらの方が価値がある)。

抜粋(デタラメ)


・ほぼ全編に渡って彼の専門である「言語」について語っている。その中で、チラリとタイトルの主張をしている。

・50:00 聴衆がタイトルの件についてより詳しい説明を求めている。その返事は基本的に上と同じ。

  ・「潜水艦は泳げる(と言える)だろうか?」という質問が無意味なのと同じだ。

講演動画(59:23)


・Noam Chomsky - Artificial intelligence.


コメント


・Noam Chomsky のタイトルの主張は、哲学的なはぐらかし のようでもあるし、洞察のようでもある…w  来月予定されている対決で囲碁の世界トップの中国人を Google の AI が打ち破った場合でも「AI は思考していない」と言えるだろうか?

・私は「(Google の例の)AI は思考している」と見なしても差し支えない…と思っている。ただし、例の AI は意識を持っていない。意識を持たずに思考している。アレは意識は持っていないが、思考していると「見なして」差し支えない…という意味。

・「意識をもたない(伴わない)思考」は異様ではない。人間だって、通勤ルートを運転する時、さして意識を持たずに各種の思考(=複雑な判断処理)をやってのけている。一方で、思考を伴わない意識も稀だが起きうる(例:判断処理を伴わずに感受している状態で瞑想中などに起きる)。

・思考の有無の判断は他者の評価に委ねて「差し支えない」。だが、意識の有無の判断は他者の評価に委ねることはできない(異常時の医師による診断を除く)。なぜなら意識の有無が自己の存在の成否そのもののと深く関わっているゆえに。言い換えれば「自分が意識を持っているかどうか私には判断がつかないので、教えてください」と聞いて回る人などいない。(いたとすれば意識に異常を抱えている) その意味で AI 的手法では思考マシンは作れるが、意識をもった(=自我を備えた)マシンは原理的に作れないだろう…と。

・Ray Kurzweil らの説く Singularity は、現代版の(錬金術師が追い求めた)「賢者の石」だ…と私は思っている。

(2017-04-26)
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