メモ:夕張にあったケーブルカー(福住人車)

・ケーブルカーと言えば、普通はサンフランシスコのこれを思い出す。しかし、いろいろな意味でサンフランシスコのイメージの対極とも言える夕張にケーブルカーがあった。

20130331_jinsya0.jpg
 (写真: https://en.wikipedia.org/wiki/San_Francisco_Municipal_Railway




・先日、写真集を見ていたら興味深いものを見つけた。それが下。乗り物の類には全く興味がないのだが、この下の写真には妙に惹かれた。
20130331_jinsya1.jpg
 (安藤文雄、『夕張―あの頃の炭都』、河出書房新社、2007年)




・…で、この「人車」なるものについて、ざっと調べた結果が以下。

・名称は「福住人車」というらしい。

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福住人車跡

20130331_jinsya1_5.jpg
  (写真:http://www.sorachi.pref.hokkaido.jp/so-tssak/html/parts/10hukuzumijinsya.html

山頂に向かって延びた炭鉱住宅に居住する従業員・家族のために北炭が設置したケーブルカーの跡です。1945(昭和20)年に運行を開始しました。
 頂上までの途中2ヶ所に乗降場があり、炭鉱従業員や家族、家庭用石炭の運搬に使用されましたが、斜面上部の炭鉱住宅の閉鎖に伴い、1974(昭和49)年に廃止されました。急斜面の夕張炭鉱従業員の居住環境の特殊性を物語るケーブルカー施設の跡として、全国的にも珍しく貴重なものです
---http://www.sorachi.pref.hokkaido.jp/so-tssak/html/parts/10hukuzumijinsya.html" target="_blank" title=" http://www.sorachi.pref.hokkaido.jp/so-tssak/html/parts/10hukuzumijinsya.html"> http://www.sorachi.pref.hokkaido.jp/so-tssak/html/parts/10hukuzumijinsya.html


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場   所:夕鉄バス「石炭の歴史村」停留所から徒歩15分
構 造:路線延長750m 平均勾配15度 定員76名 5両編成
解 説
  ・山頂に向かって延びた炭鉱住宅に居住する従業員・家族のために北炭が設置したケーブルカーの跡です。昭和17年から計画・建設され、昭和20年に運行を開始しました。
  ・頂上まで途中2ヶ所の乗降場があり、炭鉱従業員や家族、家庭用石炭の運搬に使用されましたが、斜面上部の炭鉱住宅の閉鎖に伴い、昭和49年に廃止されました。
  ・始点(バス停人車前・海抜365m)から中間(雄飛台、福住3区)を経て、終点(福住6区・海抜500m)まで標高差135mを日夜運行しました。
  ・運行時間 :午前6時から午後11時まで
  ・運行数 :一日80往復
  ・運搬人員 :一日4,000人
  ・運賃 :無料
  ・急斜面の夕張炭鉱従業員の居住環境の特殊性を物語るケーブルカー施設の跡として、全国的にも珍しく貴重なものです。
--- http://www.sorachi.pref.hokkaido.lg.jp/root/yama/album/01015.htm


・この人車に乗った経験のある人が、当時の写真を Blog に掲載していた。人車「跡」の写真はあちこちに見かけるが、在りし日の福住人車の姿が見つかったのは、ネットではこの 1枚だけで、貴重。
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20130331_jinsya3.jpg
 (写真:http://suzuran6.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14
定時運行で15分~30分間隔の運転で無料でした。ヤマちゃん(小・中・高と同じ学校でした)のおばあちゃんの家が坂の真ん中くらいにありました。(様な気がします。
---http://suzuran6.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14" target="_blank" title=" http://suzuran6.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14"> http://suzuran6.blog.so-net.ne.jp/2010-01-14


・当時、福住人車の路線全体が屋根で覆われていた様子。
20130331_jinsya2.jpg
 (写真: http://tabigeinintomato.blog.fc2.com/blog-category-30.html


・その屋根の近景。取り壊しの直前の写真。
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昭和51年頃の撤去される前の人車
20130331_jinsya5.jpg
 (写真: http://banbi8830.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11872157
---http://banbi8830.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11872157" target="_blank" title=" http://banbi8830.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11872157"> http://banbi8830.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=11872157


・屋根も線路も撤去された後の光景。
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20130331_jinsya6.jpg
 (写真 :http://heyaneko.jugem.jp/?eid=83
福住人車は、山頂に向かって延びる福住の炭鉱住宅に居住する
従業員・家族のために北炭が設置したケーブルカーで、
昭和20年から昭和49年まで運行されていたとのこと。
福住は、ケーブルカーが交通手段というほどの急斜面の町だったのですね。
---http://heyaneko.jugem.jp/?eid=83 " target="_blank" title=" http://heyaneko.jugem.jp/?eid=83 "> http://heyaneko.jugem.jp/?eid=83



・夕張には、福住人車の他にも人車があったという。
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20130331_jinsya4.jpg
 (写真:http://ysnowy.exblog.jp/9318908
1982年・北炭夕張新鉱通洞人車
--- http://ysnowy.exblog.jp/9318908



・おまけ: 動画「昔の夕張」


(2013.03.31)
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