なぜ世界が(全くの無ではなく)存在するのか? → 疑問自体が矛盾 (途中1)

前置き


・直前の記事で George Knapp がタイトルの質問をし、Michio Kaku が物理学者の立場から答えていた。

・この質問は近年、哲学者の間で流行していたものらしい。なので哲学的にも深い意味があるとみなされている筈。

・George Knapp と Michio Kaku のやり取りを聞いていて、ふと以下のように思ったので記録しておく。

この疑問自体が二重に矛盾している?



ひとつ目の矛盾


・ひとつ目の矛盾は、誰もが思いつくことなので大幅に端折って言えば…。この疑問は

  ・(無には理由は不要だが)存在には理由がなければならない

 という暗黙の前提(G)をもとにしている。昔は、その理由は神が創造したからだ…とされてきた。今ならビッグバンによって生じたのだ…とか。当然、その理由は際限なく追求できる。ビッグバンはなぜ生じたのか、なぜ神が存在するのか…等々。

・ゆえにどこかで理由の追求を停止させなければならないが、今度は停止する理由(R)が必要となる。R を案出しても、その R による停止の理由の理由が追求される。よって最後は理由がないことが理由となる(無根拠が根拠だ、神に理由は不要だ…の類)。つまり当初の G を否定することになり、矛盾に行き着く。

ふたつ目の矛盾


・次に説明するふたつ目の矛盾は目新しい筈。たぶん。

・「なぜ世界が(全くの無ではなく)存在するのか?」(=Q)という疑問自体が ある意味、メタなレベルで矛盾している。



(2021-05-01)
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