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Richard Dolan : 1967-03、キューバの空軍機が UFO を攻撃しようとして逆に反撃され、空中分解した。 (+追加4)

履歴


(2020-06-12) 追加。
(2020-06-11) 追加。
(2020-01-13) 追加
(2019-11-14) 追加
(2018-12-25) 作成


はじめに


・この件は過去記事でチラリと取り上げて、放置したような気がする。

抜粋(デタラメ)


・1967-03

・21:15 キーバ軍のジェット機が UFO によって分解された事件。キューバ空軍のジェット機(複数)が迎撃に向かった。UFO から3マイルまで接近。隊長機が輝く金属製の球体だと報告。基地が UFO に対して攻撃を指示してきた。その直後、戦闘機の一つが空中分解した。

・米軍がこの事件をレーダーで確認していた。

・1978年、この件について Stanton Friedman が米軍関係者から知らされた。

動画(50:07)


・Richard Dolan Intelligent Disclosure - Militaries & UFOs: Life & Death Encounters



参考


・この件については下の記事が詳しい。


The 1967 Cuban Jet Incident NE of Cuba

March 1967
...
One day in March, 1967, the Spanish-speaking intercept operators of Detachment "A" heard Cuban air defense radar controllers report an unidentified "bogey" approaching Cuba from the northeast. The UFO entered Cuban air space at a height of about 10,000 meters (about 33,000 feet) and sped off at nearly Mach 1 (nearly 660 mph). Two MIG-21 jet fighters were scrambled to meet it.

The single seat MIG-21 UM E76 is the standard, top-of-the-line fighter supplied to Soviet bloc countries such as Cuba (MIG stands for Soviet aircraft designers Mikoyan and Gurevich). It is capable of Mach 2.1 (1,385 mph) in level flight, service ceiling of 59,000 feet, and combat radius of more than 300 miles on internal fuel.

The jets were guided to within five kilometers (three miles) of the UFO by Cuban ground control intercept radar personnel. The flight leader radioed that the object was a bright metallic sphere with no visible markings or appendages. When a try at radio contact failed, Cuban air defense headquarters ordered the flight leader to arm his weapons and destroy the object. The leader reported his radar was locked onto the bogey and his missiles were armed. Seconds later, the wingman screamed to the ground controller that his leader's jet had exploded. When he gained his composure, the wing man radioed there was no smoke or flame, that his leader's MIG-21 had disintegrated. Cuban radar then reported the UFO quickly accelerated and climbed above 30,000 meters (98,000 feet). At last report, it was heading south-southeast towards South America.

ref: http://www.nicap.org/reports/cuban1.htm


(2018-12-25)




(以下、2019-11-14 追加分)

はじめに


・この件について Grant Cameron が語っている。

・Grant Cameron は故 Stanton Friedman の残した膨大な資料からこの件に関する具体的な情報(タレコミ録音テープを文章におこしたものなど?)を見つけているらしい。

抜粋(デタラメ)


・1:00:30

・キューバ。 1967年。Stanton Friedman の元に軍関係者からタレコミ。フロリダの海軍基地、キューバの交通管制用の通信を傍受していた。

・UFO が飛来し、2機の Mig-21 が緊急発進。パイロットに攻撃命令。ロックオンした瞬間、機体が分解した。後部の Mig-21 が基地に通信で伝えた。

動画(1:30:06)


・800 views,Nov 9, 2019
・Consciousness and UFOs/TTSA Exposed/Stanton Friedman Files with Grant Cameron


(2019-11-14)





(以下、2020-01-13 追加分)

はじめに


・Grant Cameron がこの件について後日談(情報公開法に基づく請求)を語っていたのでそれを追加。

・細部はうろ覚え。

抜粋(デタラメ)


・55:00

・キューバの戦闘機が UFO にロック・オン直後に空中分解した件に関する資料が、Stan Friedman の残した大量の文書の中にあった。

・当時、NSA (と米軍?)がキューバ基地と戦闘機の間の交信を録音していた…と当時の関係者から、Stan Friedman にタレコミが。

・Stan Friedman は情報公開法に基づいてこの件に関する情報を求めた。だが(国家安全保障に関わるという理由で)拒絶された。

音声(2:00:00)


・419 views,Premiered Jan 8, 2020
・The Midnight Hour (0034) Managing Magic with Grant Cameron


コメント


・この件は有名だが、若干の疑問がある。なぜ、UFO に敵対行動して空中分解したのがキューバ軍戦闘機だけなのか? 米軍戦闘機が UFO に反撃されて墜落したのは(たぶん) Thomas F. Mantell の事例しか知られていない。なぜ、もっと多数の墜落事例が知られていないのだろうか?

(2020-01-13)





(以下、2020-06-11 追加分)

前置


・Chris Deperno (MUFON の NY 支部の主任調査員、元警察官)が、この事件に関する重要な情報を電話取材(インタビュー)の中で語っている。

・Richard Dolan が取材者。

抜粋(デタラメ)


・16:00 1967年。

・UFO がカナダから florida へ時速数千マイルで飛行。この UFO は地上レーダーを不能化した(*: レーダー画面の表示が正常ではなくなった、という意味か)。

・この UFO がさらにキューバへ向かった。キューバ空軍機と空中戦に。迎撃機が墜落。1967 spring の事件。

・この情報はこの事件に関わった元米軍関係者から得た。

音声(58:09)


・Current Alien Encounters. The Richard Dolan Show with Chris Deperno.


(2020-06-11)






(以下、2020-06-12 追加分)

前置


・ついでなので、この事件を詳しく述べた Web 記事の機械翻訳を添付しておく。

・以下の記述が重要。戦闘機が金属球状の UFO にレーダーでロック・オンし、ミサイルを発射しかけたところで空中分解したとある。("radar was locked onto the bogey and his missiles were armed" という文脈だとミサイルは発射直前だったが、発射はされていなかったようだ)

The jets were guided to within five kilometers (three miles) of the UFO by Cuban ground control intercept radar personnel. The flight leader radioed that the object was a bright metallic sphere with no visible markings or appendages. When a try at radio contact failed, Cuban air defense headquarters ordered the flight leader to arm his weapons and destroy the object. The leader reported his radar was locked onto the bogey and his missiles were armed. Seconds later, the wingman screamed to the ground controller that his leader's jet had exploded. When he gained his composure, the wing man radioed there was no smoke or flame, that his leader's MIG-21 had disintegrated. Cuban radar then reported the UFO quickly accelerated and climbed above 30,000 meters (98,000 feet). At last report, it was heading south-southeast towards South America.


 この箇所を DeepL は次のように翻訳している。若干、たどたどしいが意味はつかめる。

ジェット機は、キューバの地上管制官の迎撃レーダー要員によってUFOの5キロ(3マイル)以内に誘導された。フライトリーダーは、オブジェクトは目に見えるマーキングや付属品がない明るい金属球だったことを無線で伝えた。無線連絡先でトライが失敗したとき、キューバの防空本部は、彼の武器を武装し、オブジェクトを破壊するために飛行リーダーを命じた。リーダーは、彼のレーダーはボギーにロックされ、彼のミサイルが武装していたと報告した。数秒後、翼手は、彼のリーダーのジェット機が爆発したことを地上のコントローラに叫んだ。彼が彼の落ち着きを得たとき、翼の男は、彼のリーダーのMIG-21が崩壊していたことを、煙や炎がなかったことを無線で伝えた。キューバのレーダーはそれからUFOがすぐに加速し、30,000メートル(98,000フィート)の上に上がったことを報告した。最終報告では、それは南アメリカに向かって南南東に向かっていた。


コメント


・イランでの事件(*1)もそうだが、攻撃機がロック・オンした時点で UFO は回避、もしくは反撃に移るのが普通。この事件では UFO は攻撃に対して反撃している。米空軍が UFO を撃墜せよという方針を打ち出してから、航空機の被害が多発したという複数の証言もある(*2)。

・だとすると Roswell 事件を典型とする「米軍の電磁波兵器によって UFO を墜落させた」という UFO 業界に蔓延る一般的な見解が極めて怪しくなる。「接近した」戦闘機のレーダーによるロック・オンを回避できる UFO が、同様の仕組みで作動する米軍の「地上」の電磁波兵器を回避できずに墜落した…これはありえそうにない。UFO の機動性能はレーダーのロック・オンを容易に振り切るレベルなのに(*3)。

・さらに、戦闘機にロック・オンされただけで反撃して墜落させる UFO が、Roswell 事件ではなぜか全く報復行動にでない…そんなこともありえそうにない。

(*1)


  1976年、イラン:UFO がジェット戦闘機の射程距離内に入ると… (途中:その1) (2017-07-26)

  1976年9月19日、イラン: 2機の F-4戦闘機が UFO と交戦(途中:その3) (2015-04-10)


(*2)


・下の過去記事。なお、私はこれらの証言を疑っている。

  John Lear:ET の報復で 200機以上の航空機を失い、数千人の兵士が犠牲となった (2018-02-15)

  1947年5月、ニューメキシコ州:ロケットの発射テスト中に出現した円盤型 UFO を米空軍が撃墜、直後から世界中で航空機事故が多発した (途中:その2) (2016-02-14)


(*3)


・電子的な高速スキャンが可能な "phased array radar system" は 1970年代にならないと登場しない。AN/SPY-1 などが実戦配備されたのは 1973年。最重要部品である phase shifter の開発が困難だった。なので 1940年代にはまだ高速スキャン可能な電磁波兵器は存在していない。

・関連の過去記事。
  Linda Moulton Howe : 強力な電磁波を UFO に浴びせて墜落させるというアイデアを聞いた。 (2018-11-09)


出典


ref: The 1967 Cuban Jet Incident - http://www.nicap.org/reports/cuban1.htm

機械翻訳(DeepL)



1967年キューバジェット事件
キューバの東
昭和四十二年三月

ミグ21「フィッシュベッド/モンゴル

バリー・グリーンウッド&ローレンス・フォーセット
10年前の報告書を取り巻く驚くべき展開は、UFO現象の強い国家安全保障の性質を再認識させました。この報告書とは、1967年のキューバジェット事件のことである。

この話は、米空軍保安部(AFSS)の部隊であるホームステッド空軍基地を中心とした第6947保安中隊に配属された保安の専門家の発言という形で、CAUSに知られるようになった。この専門家は、核物理学者でUFO研究者のスタントン・T・フリードマン氏の講演会(1978年)に出席しており、講演の最後にフリードマン氏に事件のことを伝えた。フリードマンは詳細を求めたが、これは後に専門家がタイプした声明文の形で提供されたものである。

第6947セキュリティ中隊の使命は、キューバ空軍のすべての通信とレーダー送信を監視することでした。第6947警備隊は、キューバ空軍の通信とレーダー通信をすべて監視することを任務としていた。キューバからの攻撃に対するこの前方基地は、キーウェストの東、フロリダキーズの熱帯の島、ボカチカキーにあり、最も近いキューバの海岸線から約97マイルの距離にありました。これらのユニットのいくつかは、固定または移動式の陸上レーダーサイトや通信センターの位置を特定したり、飛行通信から航空機の動きをプロットしたりするための方向探知装置を可能にするために、地理的に散在していた。

1967年3月のある日、スペイン語を話す第A部隊の迎撃担当者は、キューバの防空レーダー管制官が北東からキューバに接近してきた正体不明の「ボギー」の報告を聞いた。UFOは約1万メートル(約3万3千フィート)の高さでキューバの空域に入り、ほぼマッハ1(約660マイル)で飛び立った。2機のMIG-21ジェット戦闘機がそれに会うためにスクランブルされた。

MIG-21 UM E76は、キューバなどのソ連圏諸国に供給された標準的な最上位戦闘機です(MIGとは、ソ連の航空機設計者であるミコヤンとグレビッチの略)。水平飛行でマッハ2.1(時速1,385マイル)、就役限界は59,000フィート、内部燃料での戦闘半径は300マイル以上となっています。

ジェット機は、キューバの地上管制官の迎撃レーダー要員によってUFOの5キロ(3マイル)以内に誘導された。フライトリーダーは、オブジェクトは目に見えるマーキングや付属品がない明るい金属球だったことを無線で伝えた。無線連絡先でトライが失敗したとき、キューバの防空本部は、彼の武器を武装し、オブジェクトを破壊するために飛行リーダーを命じた。リーダーは、彼のレーダーはボギーにロックされ、彼のミサイルが武装していたと報告した。数秒後、翼手は、彼のリーダーのジェット機が爆発したことを地上のコントローラに叫んだ。彼が彼の落ち着きを得たとき、翼の男は、彼のリーダーのMIG-21が崩壊していたことを、煙や炎がなかったことを無線で伝えた。キューバのレーダーはそれからUFOがすぐに加速し、30,000メートル(98,000フィート)の上に上がったことを報告した。最終報告では、それは南アメリカに向かって南南東に向かっていた。

AFSS とその部隊は NSA の作戦管理下にあるため、NSA 本部に諜報スポットレポートが送られた。このような報告は、敵国による航空機の損失の場合の標準的な慣行である。NSA はそのような報告書の受領を承認することを要求されている。しかし、第 6947 回隊の A 部隊は報告書を受け取っていなかったため、追跡報告書を送った。

数時間以内にA分遣隊は、すべてのテープと関連データをNSAに送付し、キューバ機の損失を「機器の故障」として中隊ファイルに記載するよう命令を受けた。少なくとも15?20人の分遣隊員がこの件について十分に知らされていたと言われています。おそらく、NSAに送られたデータには、MIG-21の飛行経路の位置と高度を三角測量するために、NSAが他のサイトのデータと組み合わせた方向探知の測定値が含まれていたのだろう。フロリダのAFSS装置が十分に敏感であれば, UFOはキューバの地上と空中のレーダーの反射によって追跡されたかもしれない.

FriedmanはロバートPratt, 国民のために働いていた記者に声明を送った. プラット記者は、CAUSリサーチ・ディレクターのロバート・トッド氏にこの声明文を送り、記事の正確性を確認したいと要請した。

トッドは1978年2月から7月にかけて、空軍、CIA、NSA、海軍にキューバ事件に関する情報要求を送ったが、すべて成功しなかった。3月10日、CIAはトッドに「キューバ政府に事件の記録を確認するように」と提案した。トッドは7月14日、NSAと空軍の両方に、どちらの機関も協力を望まないので、キューバ政府に連絡してさらなる情報を得ることを通告した。トッドは両機関が彼が機密データを持っている可能性をほのめかしていると考えていたため、トッドはキューバ人に「添付された声明文のどの情報を送信してはいけないかアドバイスをするように」と要請しました。トッドは彼らに回答のための20日間の期限を与えたが、彼は長く待つ必要はなかった。

1978年7月28日、午後5時半から6時の間に、トッドの母親がドアをノックする音に答えた。二人の男が、一人はもう一人より年上の男で、トッドに会いたいと言ってきました。トッドが階下に降りてくると、男の一人が自分がロバート・トッドかどうか尋ねた。と聞かれ、彼は「はい」と答えた。男達は身分証明書を見せた トッドは 「FBI」を見てすぐに それが何なのかわかった トッドと2人の捜査官は リビングルームに入り トッドの両親は セントバーナードの犬を外で飼っていました 二人の男は トッドに自分の権利を読み上げ、これが行われたことを示す紙に署名するよう求めた。トッドは、隠すべきことがないと感じたため、沈黙の権利を放棄した。その後、男たちの一人がスパイ法を読み始めたが、トッドはすでに熟知していると話した。彼らはトッドに、この法律には終身刑か死刑の罰則があることを伝えた。両捜査官は、起訴される可能性があることをほのめかした。

トッドさんは、以前、NSAと空軍に、UFOとの激しいミグ21の遭遇の詳細についてキューバに手紙を書くかもしれないと助言していたが、捜査官は、外国政府に手紙を書いたことがあるかどうか尋ねられたと言った。トッドさんは、ソ連に手紙を書いたことがあると言ったが、それは無邪気な質問だったと説明した。年配のFBI捜査官はトッドに、NSAには法執行機能がないため、NSAからこの件の調査を依頼されたと話した。

2人の捜査官はインタビューを行う際、彼の反対側に座っていた。トッドは「ピンポン玉のように感じた」と話していました。彼らは、トッドが7月14日にNSAに宛てた書簡と、添付されたセキュリティ専門家の書簡のコピーを知っているか、持っていることを示しました。彼らはトッドに、その手紙の出所を特定するよう求めた。トッドは、調査員(フリードマン)がその声明文を入手し、それを記者に渡し、記者がそれをトッドに渡したと話しました。若い捜査官が「研究者」と「記者」を混同していたため、この質問は何度かされた。最終的には トッドが特定した 次に捜査官達は トッドに調査員のことを尋ねたが トッドが身元を明かすのを拒否したため捜査官達は トッドが東海岸にいるのか 西海岸にいるのかを明らかにするよう求めた トッドは 西海岸と答えた ある捜査官はトッドに、情報源の声明にある情報が公表されたことがあるかどうかを尋ねた。トッドは、自分の知る限りでは公表されていないと答えた。当時、彼はフリードマンがUPIに記事を公開したことを知らなかった。

トッドさんは、情報源の声明に含まれる情報が機密扱いなのか、どの程度のレベルなのかを知りたかったのです。トッドが言うには、花崗岩の顔をして白いスーツを着ていた年配の捜査官は、「一部の情報は機密扱いです。ほとんどはでたらめだ」と答えた。

トッドの電話を盗聴したことが問題になった。ある時 トッドは 捜査官に言ったんだ 彼らが教えてくれた情報に基づいて 彼の電話を盗聴するのに十分な正当な理由があるようだと 2人とも 微笑んだ

トッドは2人の捜査官に 情報公開法の権限で FBIの捜査資料を要求すると言いました 驚いたことに、彼らはトッドが渡した情報は機密事項だから送れないと言いました。トッドは彼らに言った 「FBIの文書を十分に読んできた」 「彼らは常に上記のようにキャプションを付けて 話題に言及している」 どうやってキャプションを付けるのか 知りたかったそうです "内部警備 "か "スパイ活動 "か?捜査官の一人はどちらでもないと答えた。"反スパイ "に該当するだろうと。

2人の捜査官が帰る時 トッドの両親に会いました セッションの最後の30分に ダイニングルームにいました トッドの母親は息子に何かあったのかと尋ねた。捜査官の1人は トッドは "ひもの端っこの男 "だと言って ノーと答えました トッドはこの事件のことを、捜査官が真顔で言ったと言い、彼は全ての言葉の意味を考えていたと述べています。彼の母親は2人に "トップの男を捕まえた方がいい" と言ったそうです 困惑したトッドは 「彼女は とても助かった」と思ったという。

トッドが捜査官の訪問を受けたことをCAUSに伝えたため、CAUSは7月31日、フィラデルフィアにあるFBI現場課のスポークスマン、ポール・B・ロレンゼッティに連絡を取った。ロレンゼッティ氏は、FBIの捜査官によるトッド氏の訪問について質問されると、「トッド氏の捜査については何も知らない」と答えたが、「私はそのような捜査で情報を得る資格はない」と付け加えた。"私はセキュリティ部門とは ほとんど接触していない "と付け加えました。" 詳細な情報を求められたロレンゼッティ氏は、「私はこの件について何も知らないだけです」と繰り返し、「セキュリティに調べてもらった後、後で電話をかけ直すことを提案しました」と述べました。8月1日、CAUSは再びロレンゼッティに電話をかけ、ロジャー・ミドキフ特別捜査官を電話に出したが、最初に「係争中の捜査がある場合はコメントをしてはいけないと指示した」と説明した。司法長官のガイドラインを見る限り、これがFBIの公式方針だ」と説明した。

ミッドキフ捜査官は、もし調査が行われていた場合、調査が完了した時点で何らかの公式声明が出るかもしれないと述べた。CAUSはまた、ワシントンD.C.にあるFBI本部に電話をかけ、スポークスマンのジョン・パークス氏に話を聞いたところ、彼もトッドの捜査については何も知らないと述べた。"この件については何も知らない。確認しなければならない」と彼は言った。その日の夜、パークスの上司であるトム・コールがCAUSに電話し、「誰と話したか、誰と話していないかの確認は絶対にしない。"それは絶対にしない" コールは電話の終わり近くに、「捜査官が彼と話したかどうか、話していないかどうか、私にはわかりません。しかし、もしそうだとしても、確認も否定もしない。"


CAUSは、メリーランド州中部にあるNSA本部に電話をかけ、NSAのスポークスマンであるチャールズ・サリバン氏に話を聞いた。サリバン氏は、「NSAがこの状況を救う方法として、我々が『方法と手段』と呼ぶ、影響を軽減するテクニックを使うこと、つまり、事件は重要ではないが、受信方法は機密扱いにすることだ」と述べた。

トッドは、この件に関する彼のFOIAケースファイルのコピーを入手するために空軍に要求を提出した(要求の結果として生成されたすべての文書)。米空軍の司法長官室の執行官であるジェームズ・ジョンソン大佐は、9月14日付の書簡で次のように回答した。

"あなたは、ネルソン氏に宛てた1978年7月14日の手紙に添付された『声明』の分類の確認を要求しています。あなたは、空軍はこの声明の真偽を確認も否定もできないし、そこに記載されている事件に関する記録の存在も確認できないことを助言されています。しかし、もし本物であれば、この声明は全体が機密扱いになると助言されています。"

ジョンソン大佐はトッドに、トッドが送受信した手紙の中で、「セキュリティアナリスト」の声明を除いたものだけが、トッドが持っていることができると忠告した。ジョンソン大佐は最後にトッドの要求に関連し、FOIAの国家安全保障規定に基づいて分類された10の文書を説明した。その内容は以下の通りです。

a. 1978年3月24日のUSAFSS/DAD(空軍保安部/管理局)書簡に関する記録用覚書。

b. 1978 年 5 月 5 日、HQ USAFSS/CS から HO USAF/JACL (空軍判事検事総長、訴訟部)への書簡。
c. 1978 年 5 月 22 日の HQ USAF/JACL から HO USAF/SPIB (Air Force Security Police, Classification and Safeguarding Branch) への書簡。
d. 1978 年 5 月 25 日の HQ USAF/SPIB から HO USAF/JACL への書簡。
e. e. 1978 年 6 月 19 日の HQ USAF/JACL から以下の空軍事務所への書簡。
(1) 情報部(IN)
(2) 警備警察(SP)
(3) 法務官(JA
(4) 情報(SAF/Ol
(5) 副参謀長補佐(CVA)
(6) ジェネラルカウンセル(SAFIGC
(7) 事務次官補(SAF/AA)
f. 1978年6月23日のHO USAF/JACLからHO USAF/IN(空軍情報部)への書簡。
g. 1978 年 6 月 28 日の HG AFIS/INS(空軍情報部、「INS」の翻訳はない)から HQ USAF/JACL への書簡。
h. 1978 年 6 月 29 日の HQ USAF/JACL Memorandum。
i. 1978 年 7 月 21 日の HQ USAF/JACL から HQ USAF/IN への書簡。
j. 1978 年 8 月 1 日の AFIS/INS 本部から HQ USAF/JACL への書簡。

これらの出来事は、キューバの事件がおそらく本物であったこと、ロバート・トッドとCAUSが大きなネタを掴んでいたこと、そして、そのネタが出てしまったことに対して、政府がひねくれた反応を起こしたことを明確に示しています。トッドは、そのような話が事実上自分の膝の上に落ちてきたときに、知的な人なら誰でもそうするように、正直に元の話をフォローアップしようとした。問い合わせは、政府が過度の恥をかかないようにするために特別に構成されていた。しかし、その反応は、トッドを脅して正気を失ったトッドにFBIを「刺す」というものだった。民主主義社会ではそのような戦術は通用しないし、このような行動に出た者は間違っていた。この話は不可解な謎のままで、NSAのファイルの中には、このような事件があと何件あるのだろうかと不思議に思う。 <>

出典は以下の通りです。クリアインテント、195-201



原文



The 1967 Cuban Jet Incident
NE of Cuba
March 1967

MiG-21, 'Fishbed'/'Mongol'




Barry Greenwood & Lawrence Fawcett:
An amazing development surrounding a decade-old report re-emphasized the strong national security nature of the UFO phenomenon. This report is the 1967 Cuban jet incident.

The story became known to CAUS in the form of a statement by a security specialist who was assigned to the 6947th Security Squadron centered at Homestead Air Force Base, a unit of the U.S. Air Force Security Service (AFSS). The specialist had attended a lecture in 1978 by nuclear physicist and UFO researcher Stanton T. Friedman and informed Friedman of the incident at the conclusion of the talk. Friedman asked for additional details, which were provided later in the form of a typed statement by the specialist.

The 6947th Security Squadron's mission was to monitor all Cuban Air Force communications and radar transmissions. One hundred of the squadron's men were assigned to Detachment "A," located at Key West Naval Air Station. This forward base against attack from Cuba was on Boca Chica Key, a tropical island in the Florida Keys, east of Key West and about 97 miles from the nearest Cuban coastline. Several of these units were scattered geographically to enable direction-finding equipment to locate fixed or mobile land-based radar sites and communications centers and to plot aircraft movements from flight transmissions.

One day in March, 1967, the Spanish-speaking intercept operators of Detachment "A" heard Cuban air defense radar controllers report an unidentified "bogey" approaching Cuba from the northeast. The UFO entered Cuban air space at a height of about 10,000 meters (about 33,000 feet) and sped off at nearly Mach 1 (nearly 660 mph). Two MIG-21 jet fighters were scrambled to meet it.

The single seat MIG-21 UM E76 is the standard, top-of-the-line fighter supplied to Soviet bloc countries such as Cuba (MIG stands for Soviet aircraft designers Mikoyan and Gurevich). It is capable of Mach 2.1 (1,385 mph) in level flight, service ceiling of 59,000 feet, and combat radius of more than 300 miles on internal fuel.

The jets were guided to within five kilometers (three miles) of the UFO by Cuban ground control intercept radar personnel. The flight leader radioed that the object was a bright metallic sphere with no visible markings or appendages. When a try at radio contact failed, Cuban air defense headquarters ordered the flight leader to arm his weapons and destroy the object. The leader reported his radar was locked onto the bogey and his missiles were armed. Seconds later, the wingman screamed to the ground controller that his leader's jet had exploded. When he gained his composure, the wing man radioed there was no smoke or flame, that his leader's MIG-21 had disintegrated. Cuban radar then reported the UFO quickly accelerated and climbed above 30,000 meters (98,000 feet). At last report, it was heading south-southeast towards South America.

An Intelligence Spot Report was sent to NSA headquarters, since AFSS and its units are under NSA operational control. Such reports are standard practice in cases of aircraft losses by hostile nations. NSA is required to acknowledge receipt of such reports. But the 6947th's Detachment "A" did not get one; so it sent a follow-up report.

Within hours, Detachment "A" received orders to ship all tapes and pertinent data to NSA and to list the Cuban aircraft loss in squadron files as due to "equipment malfunction." At least fifteen to twenty people in the Detachment were said to be fully informed of the incident. Presumably, the data sent to NSA included direction-finding measurements that NSA might later combine with other site's data to triangulate the location and altitude of the MIG-21 flight paths. If the AFSS equipment in Florida was sensitive enough, the UFO could have been tracked by its reflection of the Cuban ground and airborne radar.

Friedman sent the statement to Robert Pratt, a reporter who worked for the National Enquirer. Pratt, in turn, sent the statement to Robert Todd, CAUS Research Director, desiring to verify the accuracy of the story.

Todd sent information requests concerning the Cuban incident to the Air Force, CIA, NSA, and the Navy between February and July of 1978, all without success. On March 10, the CIA suggested that Todd "check with the Cuban government for records on the incident." Todd notified both the NSA and the Air Force, on July 14, that because neither agency wished to cooperate, he would contact the Cuban government for further information. Since he thought both agencies hinted that he might have classified data, Todd asked that they "provide advice as to what information in the attached statement should not be transmitted" to the Cubans. Todd gave them a twenty-day deadline for replies, but he did not have to wait long.

On July 28, 1978, between 5:30 and 6:00 P.M., Todd's mother answered a knock at the door. Two men, one older than the other, asked for Todd. When Todd came downstairs, one of the men asked if he was Robert Todd. He replied, "yes." The men then flashed their identification cards. Todd knew what it was about as soon as he saw "FBI." Todd and the two agents went into the living room, while Todd's parents kept their St. Bernard dog occupied outside. The two men read Todd his rights and then asked him to sign a paper which said that this had been done. Todd waived his right to silence because he felt that he did not have anything to hide. One of the men then began to read the espionage laws, but Todd told them that he was already familiar with them. They told Todd that the laws carry a penalty of life in prison or death. Both agents hinted at the possibility some indictments would be issued.

Todd, who earlier advised the NSA and the Air Force he might write to Cuba for details of the violent MIG-21 encounter with the UFO, said the agents asked him if he had ever written to a foreign government. Todd said that he had written to the Soviet Union, but explained that it was an innocent query. The older FBI agent told Todd that the Bureau had been asked by the NSA to investigate this matter because NSA has no law enforcement functions.

The two agents sat on opposite sides of him as they conducted the interview. Todd told us that he felt like a ping pong ball; one of them took the hard line and the other took the soft line. They indicated that they knew or had copies of Todd's July 14 letter to the NSA with the attached security specialist's letter. They asked Todd to identify the source of the letter. Todd told them a researcher (Friedman) had obtained the statement and passed it on to a reporter, who, in turn, passed it on to Todd. The question was asked several times because the younger agent kept confusing the "researcher" with the "reporter." Todd eventually identified. They next pressed Todd about the researcher, and when Todd refused to identify him, the agents pressed him to reveal if he was on the East or West Coast. Todd told them the West Coast. One agent asked Todd if information in the source's statement was ever published. Todd said that it had not been published to his knowledge. At the time, he did not know that Friedman had released the story to UPI.

Todd was not without some questions of his own; he wanted to know if any information in the source's statement was classified and at what level. The older agent, who Todd said had a granite face and wore a white suit, replied, "Some of the information is classified. Most of it is bullshit."

The question of tapping Todd's phone arose. At one point, Todd told the agents that based on the information they had given him, it seemed they had sufficient justification for a wiretap on his telephone. They both smiled.

Todd told both agents that under the authority of the Freedom of Information Act, he was going to demand the FBI file on its investigation of him. Surprisingly, they said they couldn't send the information that Todd had just given them because it was classified! Todd told them, "I have read enough FBI documents to know they always refer to the subject by saying captioned as above.'" He wanted to know how they were going to caption this one: "Internal Security" or "Espionage"? One of the agents replied that it was neither; it would fall under "Counterespionage."

When the two agents were leaving, they met Todd's parents, who had been in the dining room during the last half hour of the session. Todd's mother asked if her son was in trouble. One of the agents said no, that Todd was the "man on the end of a string." In recounting the incident, Todd stated that the agent said it straight-faced, and he thought he meant every word. His mother told them, "You ought to get the top guy." A bemused Todd thought, "She was a big help."

Todd informed CAUS that he had been visited by the agents, so CAUS contacted Paul B. Lorenzetti, spokesman for the FBI field division in Philadelphia, on July 31. When questioned about the Todd visit by agents of the FBI, Lorenzetti stated, "I'm not aware of anything about the Todd investigation," but he added, "I'm not cleared to gain information in such investigations. I have very little contact with the security end of anything." Pressed for more information, Lorenzetti reiterated, "I just don't have any knowledge of any of this," and he suggested a "call back later after I have got security to look for it." On August 1, CAUS again called Lorenzetti, who put special agent Roger Midkiff on the line, but first explained, "I've already given him instructions, if there is a pending investigation, he is not to make any comments. That is the official policy of the Bureau, as far as the Attorney General's guidelines are concerned."

Agent Midkiff said that if there was an investigation, there might be some official statement on it when it was complete. CAUS also called FBI headquarters in Washington, D.C., and talked to spokesman John Perks, who stated that he, too, knew nothing about an investigation of Todd. "I don't have any knowledge of this; we're going to have to check," he said. Later that day, Perks' superior, Tom Coll, called CAUS and said, "We never confirm who we've talked to or who we haven't talked to. We never do that." Coll said near the end of his call, "Whether we have had agents talk to him or they haven't, I don't know. But even if I did, we wouldn't confirm or deny it."

CAUS called the NSA at its headquarters in central Maryland and talked to Charles Sullivan, spokesman for the NSA. Sullivan stated, "If the way for the NSA to salvage the situation was to use what we will call the "ways and means" technique of reducing the impact; that is, the incident is unimportant, but the methods of receipt are classified.

Todd filed a request with the Air Force to obtain copies of his FOIA case file on the matter (all documents generated as a result of his requests). The Executive Officer of the USAF's Office of the Judge Advocate General, Col. James Johnson, replied in a September 14 letter stating:

"You have requested confirmation of the classification of the 'statement' attached to your letter of 14 July 1978 addressed to Mr. Nelson. You are advised that the Air Force can neither confirm nor deny the authenticity of this statement, nor the existence of any records concerning the incident described therein [emphasis added]. However, if authentic, I am advised the statement would be classified Secret in its entirety."

Col. Johnson advised Todd that he could only have letters which Todd had sent and received, excluding the "security analyst's" statement, which Todd had anyway. Johnson finally proceeded to describe ten documents which related to Todd's request and were classified under the national security provisions of the FOIA. They are:

a. Memorandum for Record on USAFSS/DAD (Air Force Security Service/ Directorate of Administration) letter of March 24,1978.

b. HQ USAFSS/CS letter, 5 May 1978 to HO USAF/JACL (Air Force Judge Advocate General, Litigation Division).
c. HQ USAF/JACL letter of 22 May 1978 to HO USAF/SPIB (Air Force Security Police, Classification and Safeguarding Branch).
d. HQ USAF/SPIB letter of 25 May 1978 to HO USAF/JACL.
e. HQ USAF/JACL letter of 19 June 1978 to the following Air Force offices:
(1) Intelligence (IN)
(2) Security Police (SP)
(3) Judge Advocate General (JA)
(4) Information (SAF/Ol)
(5) Assistant Vice Chief of Staff (CVA)
(6) General Counsel (SAFIGC)
(7) Administrative Assistant to the Secretary (SAF/AA)
f. HO USAF/JACL letter of 23 June 1978 to HO USAF/IN (Air Force Intelligence)
g. HG AFIS/INS (Air Force Intelligence Service, no translation available for "INS") letter of 28 June 1978 to HQ USAF/JACL.
h. HQ USAF/JACL Memorandum of 29 June 1978.
i. HQ USAF/JACL letter of 21 July 1978 to HQ USAF/IN.
j. HQ AFIS/INS letter of 1 August 1978 to HQ USAF/JACL.
These events as described clearly indicate that the Cuban incident was most probably authentic, that Robert Todd and CAUS were onto a big story, and that the government experienced a knee-jerk reaction to the fact that the story got out. Todd honestly tried to follow up the original story as any intelligent person would, when having such a story virtually dropped into his lap. The inquiries were structured specifically to spare the government undue embarrassment. Yet the reaction was to "sic" the FBI on Todd with the purpose of scaring him out of his wits. Such tactics do not work well in a democratic society, and whoever decided to take this course was ill advised. The story remains a baffling mystery, and one wonders how many more of these incidents lie in state in the NSA's files, among others. <>

Source: CLEAR INTENT, 195-201



(2020-06-12)
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