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田川 建三:彼岸的救済を真剣に考えた者は他力本願に行き着く。 (途中:その1)

注目箇所



彼岸的救済を何ほどか真剣に考えた者は、嫌でも、他力本願に行き着く。


一部引用



20200608_tagawa_pp218_add.jpg


出典



20200601_book.jpg

田川 建三、『キリスト教思想への招待』、勁草書房、2004-03-01、218頁


コメント


・田川のこの主張は間違っている。もしくは、田川が文章の勢いにまかせてつい筆を滑らせたのだろう。

・なぜなら…。田川の主張どおりなら、釈尊やその直弟子、そして日本で言えば道元、空海、日蓮などは

 ・(a) 彼岸的救済を真剣に考えなかった。or
 ・(b) 他力本願だった。

 ということになる。だれが考えてもあり得ない。

・田川は(パウロと比較されることの多い)親鸞以外の仏教者は眼中になかったのだ…そう弁護することも無理。なぜなら、田川の専門であるイエスについても、


 ・(1) イエスは彼岸的救済を真剣に考えなかった。or
 ・(2) イエスは他力本願だった。

 ということになる。

・単なる言葉の綾としてなら (1) or (2) の主張は可能だろうが、本気で主張するとなると田川自身の著作『イエスという男』の記述にあるイエス像と激しく衝突する。たとえば…







(2020-06-08)
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