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Richard Carrier 博士 : 神は存在しない。それは 2300年前に論証されている。

抜粋(デタラメ)


・16:25 Epicurus(エピクロス)の発言。

20181125_atheists.jpg


講演動画(1:13:46)


・Christianity Debunked Using Science and History - Carrier


おまけ


・上の切り出し静止画では、検索にかからないので文字の形でも残しておく(語句が若干変化しているが)。


He is famous also for the Epicurean paradox:

Is god willing to stop evil, but unable? Then he is not omnipotent.
Is he able but not willing? Then he is evil.
Is he willing and able? Then why is there evil?
Is he unable and unwilling? Then why is he god?

ref: https://www.reddit.com/r/philosophy/comments/2hippw/epicurus/


コメント


・エピクロスのこの発言に 2000年以上もの間、無数の神学者が挑んできたが、当然のことながら誰一人として、まともな回答をだせていない。

・エピクロスの別の有名な発言については下の過去記事でも取り上げた。


 (何を君は失ったというのだ? 君は無から生まれてきて、無に帰るというのに。失うものなんか何もない。)

・このフレーズで納得したような気になるような人は、とても騙され易い人物か、現実から遊離した夢想的観念主義者のどちらか。こんな屁理屈のフレーズを聞かされても普通の人間はだれも腑に落ちた心地がしないし、納得もしない。これと共通するのが、エピクロスの次のフレーズ。

・「人が生きている間には死は訪れず、死が訪れた時にはその人はすでに存在しない。生きる者にとって死は存在せず、また死んだ者はすでに存在しない。よって、人は死に出会わない。出会うことのない死を恐れることは不合理だ。」

・大昔―まだジャーナリズムを疑うことを知らず無垢だった頃―の事だが…。たしか朝日新聞の論説委員が執筆したコラム記事でこのエピクロスのフレーズを得意げに紹介していたのを目にした事がある。こんなトンチ話レベルの屁理屈を鵜呑みにするようなヤツが論説委員サマをやっているのか…と呆れたことが印象深く記憶に残っている。

ref: Monty Python :"always look on the bright side of life" (2016-01-23)


・この過去記事に補足しておくと…。エピクロスの死に関するフレーズを「トンチ話レベルの屁理屈」だと断定したのは次の理由。

  ・人が恐れているのは「自己の死に出会うこと」(=死の瞬間を体験する事)ではない。
  ・人が恐れているのは「自己の生の途絶に直面すること」(=生が途絶えつつあるプロセス)の方。

・人は生きている間には「自己の死に出会うこと」(=死の瞬間を体験する事)は無いとしても、「自己の生の途絶に直面すること」(=生が途絶えつつあるプロセス)はイヤでも体験する(何も気づかぬうちに一瞬で死ぬような稀なケースを除く)。死刑囚の味わう恐怖は死の「瞬間」ではなく、死との直面という「プロセス」。

・エピクロスは「死の瞬間を体験する事」が恐怖なのだと誤解している。というより、彼は賢いので誤解したふりをして、トンチ話レベルの屁理屈で聞く者を誑かしている。

・人が体験するのは(死の)瞬間ではなく、(生の途絶える)緩慢なプロセスの方。そのプロセスの間中、自己という存在が消え去る事態への直面と生の希望の断念を迫られる。この「直面と断念」ほどリアルで恐ろしいものはない。かつて私は自分の自我(or 意識 or 魂)が意識を保ったまま徐々に崩れて消えかける…という一風変わった状況(2001 Space Odesey で描かれた HAL 9000 の意識分解シーンの人間バージョンw)に陥った際、その凄まじい恐怖を味わった。

・ちなみに…。臨死体験で大勢の人々が「自分の死に出会うこと」を体験している。少なくとも死の間際まで接近した体験をしている。そして、彼らの多くはその体験によって死を恐れなくなったと言う。つまりエピクロスの屁理屈(=死に出会うことが恐怖)は臨死体験者によっても否定されている。

・多くの臨死体験者が死を恐れなくなったのは、死は生の断絶ではない(=死後の生はある)と確信したため。だが、臨死体験者のその確信はたぶん間違っている。もしくは大きな錯誤を伴っている。彼らはこの今の自分の意識は死後も存続する(=個我は死を越えて存続する)と確信しているが、それはたぶんない。

(2018-11-25)
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