1978年10月21日、オーストラリア:セスナ機が UFO に付き纏われた後、行方不明(途中:その3)

要旨(デタラメ):
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・日時:1978年10月21日 19:00

・場所:オーストラリア、Melbourne, Victoria の Moorabin 飛行場(下の地図の A) から King 島 (下の地図の B)への飛行中


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・目撃者:Frederick Valentich(当時 20歳、下の写真)
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・事件当日、Frederick Valentich は単気筒のセスナ機 182 で Moorabin 飛行場を 18:19 に離陸した。行く先は Bass 海峡の先の King 島で、そこで友人を乗せて帰ってくる予定だった。

・彼はメルボルンの航空管制の指示に従って高度 5000フィートを飛行していた。以下は全て無線交信の内容に基づく。
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・19:06 セスナ機:彼は下方に巨大な航空機を目撃したので無線で航空管制にその航空機が何であるか確認要請をした。それは 4つの(着陸灯のような)明るい光に見えた。機種は不明。

・セスナ機:その UFO がセスナの 1000フィート以上、上を通過した。

・19:07 航空管制:付近に他の航空機は見えない。

・19:08 セスナ機:東の方角から接近してきた。UFO はセスナ機に対して何かのゲームをやって遊んでいるみたいだ。セスナ機の上空を 2度、3度飛び越えている。

・19:09 航空管制:今の高度は?

・セスナ機:4500フィート。

・19:09 セスナ機:これは航空機じゃない。細長い形をしている。緑のライトがついている。金属のようで、外側全体が輝いて見える。

・19:10 セスナ機:やつは突然、消えた。

・セスナ機:今度は南西から接近してきた。

・19:11 セスナ機:エンジンがプスン・プスンと音を立てだした。UFO がまたセスナの上に来て(相対的に)静止している。これは航空機じゃない。

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・その後、セスナからの無線は途絶えた。

・直ちに、付近一帯の大規模な捜索・救援活動が始まった。しかし、5日が経過しても何も発見されなかった。なお、セスナには非常時ための無線ビーコンが搭載されていた。

・その日の夜、オーストラリア空軍には海岸付近の住民たちから 11件の UFO 目撃報告があった。報告は全て、セスナ機が行方不明になった後のことだ。

・以下は再現動画。




--- 以下、2012.06.29 追加 ---

・この事件のは以上でおわりではなく、さらに以下のような不可解な後日談がある。

・1982年8月。場所は ロシアの Primorskiy krai にある Iman という村の近く。国境警備の派遣隊の指揮官だった Igor Valerianovich Kazantsev (ロシア軍中佐)は村の近くの中国とロシアの国境付近で、怪しい男を逮捕したという部下の兵士( Nikolay D など)からの報告を受けた。

  ・この Nikokay D は後にクリミアの Sevastopol の住人となり、当時、彼が中国との国境付近で起きた事件について見聞きした事を 2003年の新聞に書いた。

・夕方、丘のふもと付近に火煙が見え、すぐに40歳前後の旅行者の服装をした男が捕らえられた。

・この捕らえられた男は KBG の軍曹に、地元当局からの必要な許可を貰っていると述べた。

・この男の所持品を調べたところ、強力なサーチライトと、奇妙な黒っぽくて細長い水筒のようなモノがあった。その水筒のようなものは 20個以上のドットが上の方に印刷されていて、他には模様などはなかった。それらドットは奇妙な図形を形作っていた。 Nikokay D はこの図形に興味を惹かれた。

・その水筒の中にはその男の名前(Sarychev と書かれていたが、本当の名前はたぶん V.Sosnin だろう)の書かれた書類が入っていた。彼はアカデミー会員の Vsevolod S Troitskiy (ソビエトの科学アカデミーの特異現象研究委員会――その委員会は実在した――の議長にその名前がある)からの手紙を見せた。

・その男はこのあたりの調査に関わっていると主張していたが、KBG の尋問によってすぐに、それは 「UFO に関する調査」だと認めた。


--- 以下、2012.06.30 追加 ---

・その黒い、水筒もしくはカプセルに誰もが惹きつけられた。その男はこのカプセルを海抜 1204m の所で見つけたと主張した。カプセルの中には筒のように巻かれたプレートが入っていた。KGB の役人がそのプレートを広げた時、シュルシュルという音がした。そのプレートには明るいオレンジ色の物質で英語の文章が書かれていた。あとでその文章がロシア語に翻訳された。その文章は以下のような内容だった。


  ・私はパイロットの Frederick Valentich, Junior だ。1978年 10月21日、メルボルンの 145マイル南で、私は自分のセスナ182(下の写真)と一緒に UFO に捕獲された

  (写真のソース:http://en.wikipedia.org/wiki/Cessna_182

  ・時間がとても限られていることと、身の危険があるため、最も重要なことだけを述べる。

  ・私が受けた提案は想像を絶するもので、彼らの UFO のパイロットの一人にならないか、というものだった。

  ・この私、 Frederick Valentich が異星の文明との接触の証拠となるのだ…これも動機の一つだが、最も惹かれたのは、彼らが私の肉体を老化しないようにしてくれる、ということだった。私は異星人と契約した時に 25歳だったが、それ以降、25歳のままだ。

  ・私がその中で働いている UFO は「貨物船」タイプだ。乗員として、私と同様に捕らえられた人間たちの他には異星人が 2,3名いる。

  ・彼らは全てプレアデス星団、オリオン星座、白鳥座、おおいぬ座などにある 6つの文明に所属している。彼らも地球人と同様、タンパク質から構成される生命体であり、酸素を呼吸する。

  ・地球で何をしているのかという質問に対する彼らの回答は様々な調査活動だ、というものだった。だが、私が見聞きしたと事柄や、図々しくも人間を誘拐して契約を強制したところなどから考えて、その答えは本当の動機を隠蔽したものだ。

  ・我々の主要な地球からの積荷は、船内に据え付けてある工場設備で回収した液体酸素だ。これらの調査団は厚かましくも地球の最も貴重な大気を盗んでいるのだ。私のような馬鹿が彼らの手助けをしている。

  ・我々の船の主要なルートは地球と木星の衛星であるカリストだ。カリストには巨大な作戦基地がある。


……途中……
……途中……
……途中……
……途中……
……途中……

ソース:http://naturalplane.blogspot.jp/2012/06/frederick-valentich-incident.html" target="_blank" title=" http://naturalplane.blogspot.jp/2012/06/frederick-valentich-incident.html"> http://naturalplane.blogspot.jp/2012/06/frederick-valentich-incident.html



コメント:
・ここまでがソース記事の前半。ソース記事の後半が凄い。この事件の 5年後、行方不明のパイロットからの通信文がソビエトで発見された。中には UFO にセスナごと捕獲され、今は巨大 UFO のパイロットをしていると書いてあった――といった驚愕の話が…w (2012.06.16)

・この事件に関するオーストラリア当局の文書の一部が、秘密解除されたという。以下のリンクにはその文書のアクセス方法が書かれている。(日本からだと入手は有料のようだ)
  http://ufos-scientificresearch.blogspot.jp/2012/06/valentich-files-released-by-australian.html


(2012.06.16) 作成
(2012.06.29) 追加
(2012.06.30) 追加
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