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Richard Dolan : 私は理想主義者が嫌いだ。理想主義者が世界に多数の惨禍をもたらしてきた。

抜粋(デタラメ)


・39:00

・私は utopian(空想的社会改革主義者、理想主義者)ではない。私は utopian が嫌いだ。私は utopian を信用しない。utopian はこれまで世界を多数の惨禍をもたらしてきた。utopian は危険な人種だから、遠ざけるべき。

・私は 10歳の子供のころは utopian だった。その頃は、現実世界が utopian の思い込みとは異なることを理解していなかった。

講演動画(53:29)


。308 views,Dec 4, 2019
・Richard Dolan - Learning We Are Not Alone (ANP 2018)


コメント


・ありがちな「観念の罠」を Richard Dolan は語っている。理想主義者は、現実(という巨大システムの全貌)が把握できたと思い込み、自己の思い描く理想的デザインに改造すれば、その現実というシステムの欠陥を解消できると本気で信じ込んでいる。もちろん、それは妄想でしかない。

・それが妄想である理由は単純。人間は人間を不完全にしか理解できない。必ず理解しそこなう。どうあがいても人間の挙動を十分に予測できる程には理解しえない。まして人間の大集団ともなれば その挙動の正確な理解も予想もどこかで必ず失敗する。現実世界はその人間の大集団を含む。よって、人間には現実世界を十分な確度で把握することは不可能。

・なので人間が理解できない巨大システムを、理想主義者が根本的に書き換え、その書き換えたシステムがスムーズに起動し、思惑通りに機能し、みんなが幸福になりました…なんて話はありえない。成功するとすれば、必ず失敗するということを前提にして特殊な設計がなされた場合だけ。

・理想主義者の妄想は、古代(宗教)から近代(共産主義、科学教、合理主義、精神世界業界、主だった哲学、芸術至上主義…とキリがない)に至るまで続いているし、今後も消え去ることはない。

・最近になって、もうひとつ流行りの妄想が加わった。それは Yuval Noah Harari らを筆頭とする「 AI+データ主義」によって人間を十分な精度で理解でき、コントロールすることが可能だ…という妄想。

・Facebook の Mark Zuckerberg も、Ray Kurzweil らの Singularity 信者も、その新手の妄想を本気で実現しようとしている。

(2019-12-08)

思考に言語は必須ではない。それを示す複数の証拠データがある。 (途中:その1)

はじめに


・思考に言語は必須だ…という俗説を過去記事で何度か批判した。たとえば…

  「人間は言語を使わなければ思考できない」という俗説をシンプルに反証する (途中:その2) (2017-08-06)

  思考するには言語が必須か? → No (+追加2) (2017-07-17)

・「思考に言語は必須ではない」ことを示す複数の証拠データを見かけたので記録しておく。

一部引用


20190812_oct_pp173.jpg




20190812_oct_pp173_ret.jpg

出典



20190808_book.jpg

ピーター・ゴドフリー=スミス (著)、夏目 大 (翻訳) 、『タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源』、みすず書房、2018-11-17、173-174頁

コメント







(2019-08-12)

「女性の美」に関する Audrey Hepburn の言葉 (+追加2)


20160518_Audrey_Hepburn.jpg

ref: https://en.wikipedia.org/wiki/Audrey_Hepburn


更新


・(2019-07-30) 追加。
・(2018-04-03)追加。

はじめに


・凛々しい眉毛が印象的な昔の女優、 Audrey Hepburn の言葉を紹介する。ついでにその言葉に対するコメントも。


The beauty of a woman is not in a facial mode but the true beauty in a woman is reflected in her soul. It is the caring that she lovingly gives the passion that she shows. The beauty of a woman grows with the passing years.

Audrey Hepburn


ソース


http://www.zerohedge.com/news/2016-05-17/tale-two-beautiful-women

コメント


・人気商売の女優らしく、無難かつ かなり優等生的な発言。思春期以降の全ての女は、現実がこの発言とは正反対なことを熟知している筈。

・いわゆる「女性の内面の美しさ」なるものは、内面には存在しない(存在しえない)…と私は思っている。それは内面ではなく、容姿や姿勢、仕草、態度、言葉づかいなどの形で外面に全て顕れている。

・つまり…。容姿や姿勢、仕草、態度、言葉づかいなどの形で外面に顕れない、外からは見えない「内面の美」など幻想だと。

・なぜ、そう言い切れるのだろうか? それは美の特殊性にある。(美ではなく)善ならば外からは見えない「内面の善」は確実に存在する。善人のふりをした悪人が生涯、誰にもその悪事がバレなかったとしても、外面だけで善とはならない。つまり善は外面よりも、内面に関わる。

・だが、(善と異なり)美は本質的に他者の評価に全面的に依存している。美はその本体や本人が保有している固有の本質ではなく、それを観察している他者の評価の中にのみ存在している。その意味で美はアイドルやタレントの「人気」に似ている。

・具体例で言えば…。ある男が女に一目惚れし、熱愛していたが、やがて熱が冷め、別れたとする。熱愛中はその女が何としても手に入れたい程の美人に見えていた。愛想が尽きた時には、もうそんな美人には見えていない。つまり彼女の美は観察者の視線の中に虚像の如く生じているもの。

(2016-05-18)




(以下、2018-05-03 追加分)

はじめに


・上の記事のコメントと同様の趣旨の諺("Beauty is in the eye of the beholder.")を見かけたので追加しておく。


Beauty is in the eye of the beholder.



...

This saying first appeared in the 3rd century BC in Greek.
...


David Hume's Essays, Moral and Political, 1742, include:
"Beauty in things exists merely in the mind which contemplates them."


ref: https://www.phrases.org.uk/meanings/beauty-is-in-the-eye-of-the-beholder.html


(2018-05-03)





(以下、2019-07-30 追加分)

はじめに


・タイトルの件とは無関係だが、Audrey Hepburn の意外な告白を見かけたので追加しておく。

・Audrey Hepburn は 15歳の時に、深刻な飢餓を体験し、その影響で生涯に渡って健康面の障害につきまとわれたと。

一部引用



20190730_ah.jpg


20190730_book.jpg

出典:アダム・ラザフォード(Adam Rutherford)、『ゲノムが語る人類全史』、文藝春秋、383頁


コメント


・この本は全く勧められない。タイトルも帯の文句もほとんど詐欺。しかも中身は科学的記述よりも、Adam Rutherford の冗漫な主観の垂れ流しのほうが圧倒的に多い。この分野にはもっとマシな本が多数ある。この本の文章は彼が一流科学誌の編集者だったという経歴が信じがたいほど冗漫で内容が薄い。

(2019-07-30)

履歴


(2016-05-18) 作成
(2018-05-03) 追加
(2019-07-30) 追加

Yuval Harari : 私の使命は世にあふれる混乱した議論に「明晰さ」をもたらすことだ。

抜粋(デタラメ)


・37:00 私の目指すところは、世の中にあふれかえる混乱した議論に「明晰さ」をもたらすことだ。

動画(41:00)


・The 2 Most Important Skills For the Rest Of Your Life | Yuval Noah Harari on Impact Theory


コメント


・Yuval Harari が世界的に高く評価されている(例:ダボスで世界中から集ったリーダーたちに御進講の講演、Bill Gates や Obama も絶賛)点について感想が二つ。

・そのひとつ目。かつての思想家、哲学者の影響力や発言力が失せたこと。20世紀までは思想家や哲学者の影響力は甚大だった。それが 21世紀に入ってから急速に失われつつあるように感じる。彼らがダラダラと続けてきた抽象的で難解な言葉の手品という伝統芸に人々が興味を示さなくなってきた。

・中世までは宗教家や神学者が大きな影響力を持っていた。それがルネッサンスで思想家や哲学者に取って代わられた。21世紀に入って思想家や哲学者も従来のような影響力を失ってきている。

・思想家や哲学者に代わって登場したのが、洞察力と明晰さを兼ね備えた Yuval Harari。思想家や哲学者にも洞察力のある人間はいたが明晰さに欠けていた。明晰さを備えた人もいたが洞察力に乏しかった。現在も洞察力と明晰さを同時にそなえた超一流の思想家や哲学者はほぼ皆無。

・二つ目。Yuval Harari の主張は確かに明晰だが、度を越えて明晰な気がする。論点を明確にするためにも、分かりやすくするためにも意図的に度を越えて明晰にしているのだろうが、そのせいで本来ぼんやりしているものが過度にクッキリ強調されている(例:データ主義)。ときには曖昧なノイズからシャープな信号を「抽出」したと誤認しているケースもあるような気がする。

(2019-02-10)

Yuval Harari : 「私は XX だ」という自己認識は「虚構のオハナシ」だ。

抜粋(デタラメ)


・21:00

・自分に関する物語や自己同一性(identity)は虚構でしかない。

・つまり、「私は XX だ」という自己認識や自覚は虚構のオハナシだ。

動画(41:00)


・The 2 Most Important Skills For the Rest Of Your Life | Yuval Noah Harari on Impact Theory


コメント


・この件については Yuval Harari より Leo の方(下の過去記事)がダイレクトかつ過激。

Leo : 究極の真実を教えよう、「君は文字通りの意味で存在しない」 (途中:その2) (2016-04-23)

・上の過去記事では Leo の発言をべた褒めしていたが、それから 3年が過ぎた今、私の見解も変化した。「君は文字通りの意味で存在しない」は究極の真実などではない。Leo は(禅で顕著な)妄想に浸っている。

・「(XX が何であれ)XX は我ではない」(=釈尊の非我)と「我は存在しない」(Leo や禅 の無我)では似ているようで、内実は大違い。その事に 3年前の私は気づいていなかった。

・従って、Leo の主張は誤り。Yuval Harari の主張の方が正しい。

(2019-02-08)
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