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現代の偽書1:『目撃者によるイエスの磔刑の記録』

はじめに


・この捏造がバレた経緯も知らなかった。

引用


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出典


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バート・D. アーマン、『キリスト教の創造 容認された偽造文書』, 柏書房、2011-09-01、291-292頁

コメント


・タイトル件で思い出したのが、下の過去記事の BBC 番組のネタ。5年前の記事なのでよく覚えていないが、よく似ている。

BBC 番組:イエスは仏教徒で、磔刑を生き延び、カシミールで死んだ(途中:その1) (2014-02-16)

(2019-09-11)

現代の偽書2:『イエス・キリストの知られざる生涯』

はじめに


・この捏造がバレた経緯は知らなかったので記録しておく。

引用



20190911_p288.jpg



20190911_p290.jpg

出典


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バート・D. アーマン、『キリスト教の創造 容認された偽造文書』, 柏書房、2011-09-01、288-290頁

(2019-09-11)

【パウロ書簡「女は教会では黙れ」の解釈】田川 建三→パウロの発言だ。 : Bart D. Ehrman→後世の偽造だ。

はじめに


・『コリント信徒への手紙 1』(新約聖書に含まれているパウロの著作)にある有名な「女は教会では黙れ」( 14:34)について、田川建三 と Bart D. Ehrman が真っ向から対立した主張(解釈)をしている。つまり…

  ・田川 建三:これはパウロ本人の言葉だ。

  ・Bart D. Ehrman :これはパウロ本人の言葉ではない(後世の挿入だ)。

Bart D. Ehrman の主張




引用


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出典


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バート・D. アーマン、『キリスト教の創造 容認された偽造文書』, 柏書房、2011-09-01、280-281頁



田川 建三の主張


・田川の主張は詳細かつ網羅的。なので長い。そこで冒頭と末尾のみ、ポインターの意味で引用しておく。


一部引用(冒頭と末尾のみ)


20190910_tagawa_p365.jpg




20190910_tagawa_p368.jpg

出典


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ref: 田川建三、『新約聖書 3 訳と註 パウロ書簡 その1』、作品社、2007-07-01、365-369頁


コメント


・Bart D. Ehrman の主張は神学者たちの主張をそのまま鸚鵡返ししたもの。対して田川はそういった主張をすべて逐一取り上げた上で批判している。

・二人の名のある専門家の主張が完全に対立しているが、素人目には田川の批判の方に説得力を感じる。

コメント2


・Bart D. Ehrman は青年時代、熱狂的なキリスト教信者だった。信仰心がこうじて神学の専門校に進み、そこで聖書学の分析方法を学び、聖書が抱える幾多の矛盾に真正面から対面。長らく論理か信仰かで苦悩した末、もはや信仰の維持は無理だと知った人物。

・なので、まだたっぷりと信仰に未練を残している。その未練が彼のヌルいパウロ観の元になっているように思える。

・見方を変えると、良くも悪くも彼はお人好し。軽い友人としてなら田川より彼のほうが付き合いやすく気楽。

(2019-09-10)

ペトロとパウロの対立:『偽クレメンス文書』におけるパウロ批判

はじめに


・『偽クレメンス文書』におけるパウロ批判の論理が鮮やかなので記録しておく。

背景:ペトロとパウロの対立



20190908_p220.jpg



『偽クレメンス文書』におけるパウロ批判



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引用



出典


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バート・D. アーマン、『キリスト教の創造 容認された偽造文書』, 柏書房、2011-09-01、220-224頁

(2019-09-08)

御嶽行者の修行:低級な動物霊や死霊は簡単に憑依し、排除しないと異常行動や精神疾患を招く。 (追加)

更新


・(2019-09-07)追加。

はじめに


・異常行動や精神疾患を招く…という箇所が目を惹く。

一部引用


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出典


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菅原 壽清、『シャーマニズムとはなにか シベリア・シャーマニズムから木曽御嶽信仰へ』、岩田書院、2016-02、477頁

コメント


・イエスの精神異常、異常行動の疑念については下の過去記事。


・新約聖書の福音書に、イエスの布教活動のきっかけとなった宗教体験があったことを示唆する次の事件が記録されている。

  ・(a) 荒野に退き、
  ・(b) 断食。
  ・(c) 精神異常を親類が警戒
  ・(d) 悪魔の誘惑

・下記のシャーマンの召命体験でも、この (a), (b), (c) が生じていたという報告がある。なお、(d) は釈尊も成道直前に体験している。

ref:

「イエスの布教活動のきっかけ」が、シャーマンの召命体験に類似してる (途中:その1) (2019-08-18)


・過去記事で取り上げたかどうか記憶が曖昧だが、ある有名な新約聖書の専門家が著書の中でイエスの異常行動についてチラリと言及していた。

(2019-09-05)





(以下、2019-09-07 追加分)

はじめに


・上記末尾の件(ある有名な新約聖書の専門家が…)に関する情報源の一つを見つけた。他にも別の専門家が同様の示唆をしていたと記憶している。


引用


20190907_p238.jpg


出典


20190725_book.jpg

J.H. チャールズワース、『これだけは知っておきたい史的イエス』、教文館、2012-08、238頁


コメント


・イエスの家族は、イエスが狂った行動をしている(=異常行動)と見なし、連れ戻しに来た…という新約聖書の記述を、James H. Charlesworth はイエスの奇跡がそのような判断を招いたのだと解釈している。だがそのような解釈は無理がある。

・なぜなら、この手の奇跡的治療行為を狂気だとみなすのが当時の一般的な民衆の見方だった、という証拠がなにもない。つまり通常は奇跡的治療は奇跡と見なされたのであって、その治療が悪霊の力でなされたと解釈されるためには、それを示唆するイエスの他の異常行動があったからの筈。

・エルサレムから来た律法学者の判断にしても、奇跡的治療の故に「イエスは悪霊に取り憑かれている」としたのではなく、むしろイエスの行動が(悪霊に取り憑かれたように)異常だったがゆえに、奇跡的治療自体も悪霊のせいにしたのだろう。

コメント2


・タイトルの件で、新約聖書でチラリと示唆されているイエスの異常行動を連想したのだが、イエスの異常行動が何であれ(*1)、それが「低級な動物霊や死霊の憑依」によるものだとは思わない。

・イエスであれ誰であれ、自分はメシア的存在だという強烈な自覚を保ったまま、その精神の正常状態を維持し続けることは人間には無理。必ずや破綻をきたす。


脚注


・(*1) イエスに異常行動が皆無だったとは私は思わない。異常を示す振る舞いをイエスはいくつもしでかしていた筈(神殿浄めや、イチジクを呪った話もその兆候を示しているのかも)。新約聖書にイエスの異常行動の示唆だけがチラリと書かれているだけで、その詳細が書かれていないのは、言うまでもなく、よくある大人の事情。

(2019-09-07)

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(2019-09-05) 作成
(2019-09-07) 追加
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